脊柱管狭窄症の鍼治療
脊柱管狭窄症に対する横突起際の深刺と緩徐雀啄法
五十年の臨床から導かれた“効く鍼"の勘所:佐藤高一郎
初めに
脊柱管狭窄症は、下肢のしびれ・間欠性跛行をはじめ、患者の日常生活を大きく制限する疾患である。 しかし、臨床の現場に立つと、画像では説明できないほどの回復力を示す患者に何度も出会う。 本稿では、私が五十年以上の鍼臨床において試行錯誤の末に到達した、「横突起際の深刺」と「緩徐な雀啄」 による脊柱管狭窄症特有の施術法をまとめる。 書籍には乗らない”鍼の間合い“や患者の”受容反応の読み取り”まで含め、可能な限り言語化した。
■Ⅰ 狭窄症の本質:硬結の“点”ではなく“帯”として捉える 脊柱管狭窄症の痛みは、単なる筋緊張でも、単なる神経圧迫でもない。実際の触診では、狭窄部位の上下に
- 帯状に連なる深層筋の硬結
- 横突起の裏に潜む小筋群の過緊張
- 神経根周囲の"もやもやした溜まり″のような抵抗 が存在する。
この「帯」の根を捉えるには、一般的な浅刺では届かない。 そこで私は 横突起際を狙った3~4㎝の深刺により、この“帯の芯”を狙うようになった。そして優しい刺激として 寸6の1番針を用いた。
■Ⅱ 刺入点と刺入角度 狭窄部位(L3~L5が多い)の上下1椎間ずつの横突起際が刺入点となる。
・刺入の狙い
- 横突起直下の硬い“壁”の手前にある筋膜の窪み
- 触れるとわずかに逃げる“深層の小さな固まり”
- 神経根が顔を出す“圧迫ライン” これらを視覚ではなく触診の感覚で捉えることが重要。
・深度 概ね3~4㎝ 体格により調整するが、深度そのものより【横突起の裏を捉える角度】が要となる。
■Ⅲ 緩徐な雀啄(じゃくたく) “3回”に意味がある刺入後は、ゆっくりとした雀啄を3回行う。この“ゆっくり3回”が臨床上もっとも反応の良いリズム であることに気づいたのは、近年になってからである。
・緩徐雀啄が生み出す効果
- 深層筋の反射的な緊張解除
- 神経根周囲の“圧迫された滞り”がジワリと散る
- 患者の防御反応を最小限に抑える
- “痛みの芯”がゆっくりと溶ける感覚が起こりやすい
これは速い雀啄では得られない反応である。
■Ⅳ 最大の核心:患者の“受け入れ反応”を読む 技術の習得で最難関となるのは、
「この鍼をいま患者が受け入れているのか/拒否しているのか」の判定である。 これは教科書にも、AIにも書けない領域であり、治療家の経験と観察力がもっとも試される瞬間である。
●私が注意する微細な変化
- 呼吸が浅くなる、乱れる
- 皮膚の温度が変わる
- 足指に力が入る/抜ける
- 腰背部が“逃げる”
- 額にわずか緊張が走る
皮膚の抵抗が変わる こうした変化を感じ取れる術者にだけ、“効く深刺”を安全に、確実に行える。
■Ⅴ 技法が“文章では伝わりにくい理由”
本術は、単なる刺入手順の問題ではなく 角度 ・深度 ・鍼体の重さの伝わり方・ 組織の抵抗の変化 ・患者の身体が発するサイン、これらが複雑に絡み合う、いわば職人の世界である。 よって、厳密には「見て覚える」「刺して覚える」べき技法であるが、 後進に伝えるためあえて文字化した。
■Ⅵ 人間の回復力を信じる 私が五十年の臨床の中で学んだのは、医師の診断や画像の説明を超えて、人間は驚くほど復活する力を持つという事実である。 脊柱管狭窄症で「もう歩けない」「手術しかない」と言われた患者であっても、この深刺と緩徐雀啄で痛みが消え、 再び日常を取り戻す例を、私は何度もみてきた。 その背景には、 鍼が“身体の奥のスイッチ”に触れる瞬間が確実に存在する。
おわりに
この技法は、私が五十年をかけてようやく気づき、磨き上げた一つの結論である。
もし本稿が、鍼灸を志す者の参考となり、患者の苦しみを少しでも救う一助となれば幸いである。







